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カテゴリー: 一緒に子育て

一緒に子育て 55 中学生への講話「いじめについて」から

一学期の末、ある中学校で全校生徒への講話の機会をいただきました。テーマは「いじめについて」でした。学校も保護者、社会も緊急な問題です。教育委員会学校もいろいろな機会を利用してその防止についてアピールをしています。勿論、学校では生徒への指導も怠ってはいません。

しかし、深刻な問題、事案はくり返して起こっています。頻度高く子どもたちは指導、講話を受けています。そのうえでの部外者の講話ですので、内容には大変苦労します。

先ず、聞いてくれた生徒の感想文を紹介します。

感想文その1                                                「先生の話を聞いて、災害の時当たり前だと思っていたことが、外国の人にとっては、すごいことなんだと思った。正直、はじめはいじめとは関係ないんじゃないのかな、と思ったけれど、話の最後には今までの話は全部関係していたんだと気がついた。今まで、いじめの話は何度も聞いてきたけど、一番グッときました。この話を参考にいじめをなくしたいと思いました」

感想文その2                                                 「いじめはまだ見たことがない私は、その場で本人に声をかけないと意味がないと思い込んでいて、その後そっと声をかけてあげるだけで本人はずいぶん違うんだと初めて知りました。確かに私がいじめられていたら、一言声を友だちからかけられたら、とてもすくわれると思います。今までたくさん道徳でいじめについて考えましたが、こういった部類のもは初めてでした」

このような感想が返ってくると、話しがいがあるというものです。若干補足をします。このようなテーマで、生徒たちは過去何回も指導を受け、話を聞いていますので、違った切り込みをしないと、「またか」の感想しか残りません。それに、テーマがテーマだけに、重苦しい雰囲気と閉塞感を感じることが多いと思います。私はその反対の明るい気持ち、「やったら、出来るかもしれない」が残るように心がけます。

感想文1は、震災時に日本人は秩序と理性を保ち、助け合い他者を思いやる行動がとれたこと、それらが外国のメディアでも賞賛を持って報道をされたこと等を紹介します。日本の文化で育った君たちにも、いざというときには、そのような行動が必ずとれること、潜在力があることを示唆します。

感想文2は、困難でハードルの高いゴールを求めるのではなく、ちょっとの勇気で出来そうなことがあることを話します。いじめの現場でその行動を止めたり、介入することは大変難しいです。「ええかっこしい」と冷やかされたり、いじめ被害の立場にもなる可能性があります。多くの子どもは、現場での介入は難しいと思っています。誰もいないところで、被害に遭った友人に声をかけることなら出来ること、声をかけて貰えばものすごく気持ちが楽になることを示唆します。

聞いて重苦しい気持ちを残さないよう、ひょっとして自分も出来ること、また、今できなくてもその潜在力が自分にもあることを、理解して貰える話を心がけています。

ご意見、感想、質問がございましたら、HOMEのコンタクトかお問い合わせから送信して下さい。

臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一


一緒に子育て 54 発達障害についてその2 続非行犯罪との関連

私は保護司として、様々なケースを担当します。その中で対象者が発達障害の事例が稀にあります。前回紹介しましたのは、二次障害的に非行に陥った少年でした。発達障害が早期に判明しており、周りがそれの応じて配慮(教育、しつけ等)できれば、少年院送致までいかなかった、と判断得きる事例でした。

今回は、22歳青年の事例を紹介し、発達障害の理解につなげたいとお思います。申すまでもありませんが、本人と特定できないようにアレンジをしておりますし、相当以前に終結になった事例です。

彼は、同僚とのケンカで相手に傷を負わせて懲役刑を受けました。満期を3ヶ月残して仮釈放になり、3ヶ月間の保護観察を私が担当しました。在監中から受け入れ先の両親宅へ何回か訪問しました。そのときの印象は、理解しにくい自分の息子を持て余している感じを受けました。本人は身体が大きく、両親への反抗の言動は、怖さを感じさせていたようです。特に父親は、おどおどしていたようです。真面目で温和しいなお父さんで無理はないと思いました。

両親からお聞きする彼のエピソードは、言われたこと、守らなければならないこと等について、度が過ぎるほど真面目に取り組んだことが、いろいろありました。例えば、中学生時代、部活に所属していた時、コーチから指示されたトレーニングを一生懸命にやり過ぎて、ある関節を痛めました。治りきらないうちに再開するものですから、大きなダメージを受けました。

親のアドバイスや医者の注意も聞き入れません。こうだとお思えば、徹底的に突き進む感じです。彼の場合もこの年令になるまで、発達障害と言われたこともありませんでした。それまでに相談診察も受けておりませんので、発達障害と決めつけられませんが、私の経験から、その疑いは十分にあります。

ルールや約束事に対して、臨機応変に対処するのではなく、どんな場合でも必ず守らなければの生き方は、本人も辛かったでしょうし、集団生活の中で周りも違和感を感じたことでしょう。

広汎性発達障害の特徴の一つに、このような傾向があります。物事に集中的に取り組めるプラスの裏側に固苦しさ、こだわりがあります。周りから理解されずに彼も集団生活では、居りにくさを感じていたことでしょう。家族も理解しにくい言動でした。

3ヶ月間というわずかな付き合いでしたが、保護観察で決められた約束事は、真面目に守ってくれ、無事刑期を終了しました。月二回の面接では、共感的態度で接しました。

通常、保護観察終了後、担当保護司に連絡は滅多にありませんが、彼は数度相談の電話がありました。母親からの連絡では、理解ある上司の下、何とか仕事が続いているとのことでした。

そうです、理解あるサポートしてくれる人間が必要なのです。

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臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一


一緒に子育て 53 発達障害についてその1 非行・犯罪との関係

学校教育でも、従来の名称から特別支援教育になって随分と年月が経ちました。この名称の変化は、発達障害の児童生徒を支援出来やすくするためです。その前後から、発達障害の理解促進の様々な手段取られてきました。従いまして、当初から比べればその理解も進んできましたが、まだまだ誤解や偏見も見受けられます。

その一つが、非行や犯罪との関係です、最近は新聞の事件報道でアスペルガーや発達障害の大きな見出しはなくなりましたが、以前はそうではありませんでした。我が子が小学校入学する時「あの○○事件と起こした子と同じですね」、と言われ悩んだり、自分の子どもも大きくなったら犯罪者になりはしないか、と心配になった保護者の方々がおられました。

先日、発達障害に理解に関する講演会に招かれました。フロアからの質問で非行との関係を聞かれました。私は、保護司をしておりまして、家庭裁判所で保護観察の処分を受けた子どもや、少年院仮退院をした子どもと付き合うことがあります。多くの対象者の中で、過去2例発達障害の事例がありました。

相当以前に良好解除で終了したケースを、多少アレンジして説明しました。担当時は、中学校卒業した時でした。男子でしたが、3年生の時、家出外泊、万引きををくり返し少年院送致の処分を受けました。彼が、発達障害と分かったのは、警察に捕まり鑑別所に収容された時でした。鑑別所では専門家が心理判定等をしますので、その時にアスペルガーと診断されました。

と言うことは、それまでアスペルガーと分からず、家族も周り、特に小中学校時代の担任も何の配慮もなく彼と付き合っていたのでした。発達障害の子どもたちとの付き合いで「本人が変わるのでなく、先ず周りが変わらなければならない」、と言われる言葉があるくらいです。

彼は、小中学校時代、家庭や学校でどれぐらい暮らし辛かったでしょうか。叱責や、注意ばっかりではなかったでしょうか。「何処にも居場所がなかった」の言葉通りだった思います。

家にも学校にも居場所がなく、居場所を求め深夜徘徊をくり返したと思います。少年院在院中の面接でのやりとり、彼からの手紙等にも明らかに「字義通り」解釈するという、彼ら特有のコミュニケーションが顕著でした。そのことからも、過去に相当困難なコミュニケーションの場面をくり返し、「分からない」 、「分かってもらえない」ことが多かったことが分かります。

仮退院を迎えるに当たって、引受人の保護者には、丁寧に彼のことを説明しました。幸い知的には高い能力を持っており、高校の成績はクラスでトップレベルでした。私はそのことをいつも高く評価し、いわゆる自己肯定感を高めることに努めました。

一番気になる学校での友人関係のことを質問しました。「適当に付き合っている」「深い話題には入らない」、との返事でした。融通が利かない、要領が悪い彼ら特有の持ち味で、友人関係も困ることが多いですが、この返事には感心しました。アスペルガーの基本は除去できないにしても、自分に自信が持てれば、このように適当に処することが出来るのです。

私は、彼の非行傾向は二次障害と理解します。もし、幼い頃から周りが配慮し、得意な面を伸ばし、困った場面ではほんの少しのサポートがあれば、集団生活、家族生活にもそれなりに適応していたものと思います。

元々持っていたハンディに加え、二次的に問題を起こさないようにするのは、とても大事なことです。


一緒に子育て 52 人間歩けるもんや 歩き遍路 3

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写真は、60番札所横峰寺からの下りの道です。下りと表現しましたが、横峰寺は標高745mにあり、まるで登山です。季節のよりますが、この道を歩いた4月27日はこのように山ツツジがきれいに咲いていました。とても快適な歩きができました。

前回触れましたが、今回の遍路では多くの外国人遍路さんに出会ったり、同じ宿になりました。彼らは何に惹かれて歩いているのでしょうか。私たちが日常接する日本の事象や文化は、彼らから見れば魅力の対象なのでしょうか。それにしても、毎日街、山、田園の道を黙々と30k前後を歩くだけなのです。

以前、白人女性一人の遍路さんに出会ったことがありました。そのときにも思いましたが、「日本は安全な国なんやなぁ」と改めて感じました。そういえば、アメリカの男子高校生がホームスティで我が家に滞在したことがありましが、本国での事前研修で、日本は世界一安全な国、と教えてもらい来日したそうです。日本人も外国人も男性も女性も、一人で歩いて大丈夫な国を誇りに思いたいものです。

遍路道は、里山、中山間地といわれるところ歩くことが多いです。日本どこでもそうですが、人口減少、労働力不足で山林、畑が荒れたり、放棄されているのをよく見かけます。今回は、ミカンの産地愛媛を歩きました、ミカン畑がツタに覆われたままになっているのに出会いました。先祖から引き継ぎ大事にしていたのに、そうならざるを得なかった耕作者の方を思うと、胸が痛む思いをしました。

秋になったら、65番札所三角寺から再度スタートします。


一緒に子育て 51 人間、歩けるもんや 歩き遍路 2

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前回の最後の文章で、「外国人のお遍路さんに触れたいと思います」のお遍路さんの部分が間違っていたことをお詫びします。

写真は愛媛県今治市の55番札所南光坊です。ろうそくを立てている男性は、イタリアから来た男性です。彼がイタリア人であること、名前がPAOLOであることが分かったのは、その日に泊まった宿で彼と一緒になってからです。この宿は、全くの日本式の歩きお遍路さんようの民宿風宿です。偶然ですが、この宿で2日前一緒だったフランスの若者とも同宿になりました。宿の女将さんは、私が通訳で一緒に歩いているのかと勘違いしました。因みにこの宿では私含めて3人、2日前にの宿ではフランス若者と私の2人だけの宿泊でした。

南光坊に戻ります。札所に着きますと、手を清めて本堂、大師堂にお参りします。お線香とろうそくをお供えし自分の札を納札し、般若心経をとなえます。それが終わって納経所へ行きます。PAOLOは、この手順を忠実に守っています。覚束ない発音で般若心経を読んでいました。バスでツアーの団体遍路と一緒になるような時には、私はこの手順を省略する時もあります。といいますのは、バス添乗員が大きなかばんに入れた、大量の納経帳や掛け軸を納経所に持ち込み、それに出くわすと自分の番になるまで長い時間待たなければなりません。時には、気を利かせてくれる添乗員がおられ、歩き遍路だと分かると「どうぞ」、言ってくれることもあります。

今回、6日7泊で歩き遍路さんと出会ったのは12人ぐらいでした。宿や札所で一緒になったり、歩いている時や休憩している時出会ったりします。そのうち、外国人歩き遍路さんは5人もいました。中には女性もいました。彼ら彼女らは、私たちが持っている歩き遍路用の英語版ガイドブックを持っています。私もそれが頼りですが、時には不安になることもしばしばあり、地元の人に道を確認することもあります。間違いを教えてくれることもあります。遍路道には遍路マークのシールが貼られていますのでそれを頼りに歩きます。

同宿になった2人の外国人遍路さんは、日本語もほんの片言でした。宿も全くの日本式です。そんな状況で歩くことに本当に感心しました。宿の女将さんとは手振り身振りでやりとりをしていました。私も一人で歩きですが、今回会った外国人5人は、2人連れが一組でしたが、3人は一人歩きでした。苦労もあるでしょうが、それ以上に四国歩き遍路に大きな魅力を感じてくれているのでしょう。

過去にも、外国人歩き遍路さんには時々出会ったことがありましたが、今回のようなことは初めてでした。1番札所から88番札所まで、総距離は1400kmあるそうです。通しで歩くと、40日から50日かかるといわれています。無事に歩き通すことを心から願っています。


一緒に子育て 50 人間、歩けるもんや(四国歩き遍路) 1

歩くこと、外で身体を動かすことが人間の基本、本能、また成長のエネルギーと確信しています。というような屁理屈めいた持論で歩き遍路について書きます。

4月23日から29日までの7日間、四国の札所を歩いてきました。今回は、愛媛県松山市内にある51番札所石手寺から西条市の64番札所前神寺まで打つことができました。正確には、65番三角寺6キロ手前の予讃線伊予三島駅までの148キロを、5日半で歩きました。

すでに何回か四国に渡り、1番から51番までを終えています。写真は遍路道にある石像です。お天気にも恵まれこのような道を歩けるのは、とても幸せな気分になります。しかし、お遍路道は、平坦な道ばかりではありません。今回でも58番の仙遊寺は標高255m、60番横峰寺は745mの山中にあり、まるで登山になります。人里離れた登山道を誰に会うことなく黙々と歩きます。P1020376

山の中でサルを見かけましたし、渓流には魚が泳いでいます。このように景色を味わえる余裕のある時と、歩き疲れて1分でも早く宿に着きたい時もあります。

宿に着けば、何はともあれお風呂です。朝7時くらいから歩き始めますので、大体4時前には宿に着きます。平均して1日30k前後歩きますので、疲れた脚には風呂が最高です。もっと最高なのは、入浴後の冷たいビールです。

私がお遍路を始めたのは、歩くことが好きということと、小学校2年生まで四国にいたこと、それに日本人の平均的な仏教心です。ウオーキングの延長みたいに始めたお遍路ですが、ある時農作業帰りの老婦人に出会ったところ、そのご婦人は頭に被った手ぬぐいを取られ、遍路姿の私に対して丁寧にお辞儀をされました。それ以降、「中途半端な気持ちで歩いたらアカン」と思いました。

札所に着いたら、本堂と大師堂に御札を納め(昔は、木製の札を柱に打ち付けていました)、般若心経を唱えます。そういった手順を丁寧にやっています。次回は、外国人のお遍路さんtぉうに触れたいと思います。

 

 

 


一緒に子育て49 とりレバーに臭みがなかった 健康的な内臓

私の知人で但馬で養鶏場を営んでいるAさんがいます。彼の養鶏にはポリシーがあります。こだわりと言ってもいいぐらいです。鶏に与えるえさは、無農薬有機栽培で収穫した麦です。大規模養鶏場の狭いゲージではなく、いわゆる平飼いです。卵を沢山産ませるため、栄養価の高いえさを潤沢に与えておりませんので、鶏は土をほじくり虫を捕ったり、草をついばんでいます。その上、自然の土の広い養鶏場で動き回っています。狭いゲージでは考えられません。

ある時、Aさんの自宅に招かれました。ご自身がつぶした鶏をご馳走になりました。肉もおいしかったですが、もっとも印象的だったことが、みだしにしましたようにレバーに臭みがなかったことです。過去何回もとりレバーを食べたことがありましたが、特有の臭いというか味があり、それが当然と思っていましたが、いただいたレバーには特有の臭い、味、くさみがありませんでした。

Aさんにそのことをお伝えすると、次のような話をされました。先に述べましたように卵を沢山産ませるために潤沢にえさを与えるのではなく、こだわりの麦のえさを適度の量を与えます。広い養鶏場で虫や草を求めて動き回ります。少なめのえさを栄養として体内に取り込むためには、内臓が一生懸命に働く必要があります。仮に栄養価の高いえさが潤沢にあれば、それほど内臓が働かなくても栄養が取り込めるわけです。すなわち、内臓が健康的なのです。レバーがおいしい理由がそれなのです。

健康的な鶏が産んだ卵もおいしいのは勿論です。割って黄身をつまむとそのまま持ち上げることができます。少なめのえさ、そのえさもこだわりの麦、虫や草も食べる、動き回るがAさんの養鶏の基本・こだわりです。

鶏と子どもを一緒にするわけにはいきませんが、参考になるような事柄が沢山あります。飽食の時代と言われ、外食産業が盛んです。そこで見る光景は、よく言われるように食べ残し・残飯です。学校給食でも残飯の量がよく話題になります。

適度な量の食事、それもいろいろな種類、動き回るが健康的な内臓、身体を作るのは人間にも共通することと思います。これから育つ子どもには特に必要ではないでしょうか。健康的な空腹が一番食事がおいしく、栄養として体内に取り込みます。

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臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一


一緒に子育て 48 「ごちそうさん」 やっぱり食事は大事

現在放映中のNHK朝の連ドラ「ごちそうさん」が大人気です。題名の通り、食事と台所の場面がよく登場します。いろいろな食材を丁寧に調理するのと、食べる人たちのお椀の持ち方や、箸の使い方等の行儀の良さが印象的です。

豊かさや、流通機構の利便性で、時代時代で手に入りやすい食材が異なりますが、現在は食事の元になる食材は、スパーや食品店には多量に出回っています。一日に30品目以上の食材を食べるのが理想的だ、と聞いたことがあります。しかし忙しい毎日、このように理想的に食材を揃えることは困難でしょうが、できるだけ偏らないで、多くの食材が使用された食事が、よいことはいうまでもありません。

今回は、子どもの成長・発達に望ましい食材、生活習慣病予防の食材について述べます。次のような語呂合わせでまとめます。「まごはやさしい」です。食材の頭文字を並べました。

「ま」は、豆です。豆そのままも勿論ですが、豆腐、納豆等の豆製品等いろいろあります。 「ご」は、ごまです。                                            「は」は、わと読みかえて、わかめです。わかめ以外の海藻類はいろいろあります。      「や」は野菜です。                                              「さ」は魚です。中でも、アジ、サバ、サンマ、イワシ等の、青魚には記憶力、学習力、血液サラサラにかかわる成分が含まれている、と言われています。また、安価に求められます。     「し」は、椎茸です。椎茸以外のキノコ類も含まれます。                       「い」は、芋です。サツマイモ、ジャガイモ等いろいろあり、その加工品も含めます。

いつもいつも理想的な食材を選び、丁寧に調理はできませんが、時間に余裕があり食材を選択できるときには、「まごはやさしい」をヒントにして下さい。これら食材は、大人にも良いことはいうまでもありません。

食事は、作った人から食べて貰う人へのメッセージです。


一緒に子育て 47 今の生活が充足していないと、進路のことや将来のことなど考えられへん

先ず、前回の記事の中で、誤字がありましたので訂正いたします。赤ちゃん返りを退行現象ともいいますが、「退行」が「退校」になっていました。申し訳ありませんでした。

今回のテーマは、丁度今時の話題ではないでしょうか。学年で違いますが、進級・進学を控え進路のこと、将来のことを考える時期になっています。

スクールカウンセラー時代につきあった、不登校傾向の中学3年生男子生徒の状況を、今回の見出しにしました。彼は、もともと友人関係が苦手で、自分のクラスや同級生になじめず、というどころか無視される傾向にありました。それだけが不登校の背景ではありませんでしたが、学校生活自体に不安と恐れを抱いていました。

ところが、3年生になった途端、学年の集まりや、クラスでのホームルームでは、「1年後には中学校卒業後の大事な進路のことがあるので、今から確り考えるように」、との指導を何回も受けます。「中3になった途端、進路進路で憂鬱になる」が彼の悩みで、私への発言でした。

彼は、新しいクラスや友人に馴染み、今までと違う新しい学校生活を考えていたと思います。そのことで頭が一杯だったでしょう。進路という将来のことより、「今」のことを一生懸命に考え悩んでいたのです。

私たち大人は、子どもに「将来のために・・・・・を頑張るように」、「そんなことしとったら、将来ろくなことにならんへんで」、と励ましたり脅したりします。その言葉で奮起する子どもいますが、彼のように今・現在に不安と恐れを持っている子どもには、将来どころではありません。私たちの励ましが、焦りや不安を助長しマイナスに働きます。

建設的な将来を考えるためには、ある程度充足した今の生活が必要であることは、世代を超えて言えることです。不安を抱えやすい思春期の子どもには、特に必要です。

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臨床心理士・元スクールカウンセラー 鈴 木 隆 一


一緒に子育て 46 子育て常識の嘘シリーズ6「赤ちゃん返りはあかんのか」

先日、生まれて数ヶ月の赤ちゃんを連れたお母さんとお話ししました。上に5歳と3歳のお姉ちゃんがおり、過去その子どもたちが赤ちゃん返りをして相当苦労されたようです。今回はそれを見越していろいろ対応を考えられ、以前のようなことはなくうまくいったようです。スキンシップなどをこまめにされたようでした。

さて、赤ちゃん返りのことを「退校現象」とも表現します。下に赤ちゃんが生まれた時、子どもはこのような行動を起こすことがあります。日常生活上のスキルがすでに自立しているのに、それができなくなる、しようとしない等です。私の臨床例では、小学校3年生の女児が夜尿が始まったことがありました。その他よく起こるのは、母親にまとわりつく、おっぱいを欲しがる、ハイハイをする等々で、まるで赤ちゃんに返ったようです。

赤ちゃんの世話で精一杯なのに、まとわりつかれたり、スキンシップを求めにこられたりと、お母さんは大変です。産後で精神的にもブルーであればノイローゼにもなりそうです。

この大変さと赤ちゃん、退校というマイナス的な言葉で悪いイメージがありますが、果たして「あかん」ことなんでしょうか。「赤ちゃんばっかりでなく、自分のこともかまって欲しい。忘れんとって欲しい」、というメッセージなのですが、このような欲求を素直に出しているのです。

自分の気持ち、欲求を素直に出せる健康さを大事にしたいと思います。反対に自分の気持ちを出さずに、心にしまい込み貯め込んだとするなら、違うかたちで問題が出るかも分かりません。赤ちゃん返りは因果関係がはっきりした単純な現象で、まわりにも分かりやすく対応も簡単です。「忘れていないよ」、「あなた大事よ」等のプラスのメッセージを送るなら、子どもは納得します。その反対に「お姉ちゃん、お兄ちゃんやのに我慢しなさい」「赤ちゃんの世話で忙しいのが分からないの」等のメッセージなら、赤ちゃん返りの行動が長く続きます。

ただ、事実赤ちゃんの世話で忙しいお母さんは大変です。心身に余裕があれば別ですが、産後のしんどさ(ブルー等)が重なれば、助っ人が必要です。誰かにグチを聞いて貰ったり、実際の手助けも必要です。決して一人で我慢する必要はありません。これこそ「一緒に子育て」です。

子どもからの心のメッセージは、下に赤ちゃんが生まれた時だけでなくいろいろな場面で届きます。その表現が下手で、周りは一時困ることかも分かりませんが、「素直に表現できる健康さ」、と受け止めたいです。そして、子どもには表現できる相手がいたのです。

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臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一


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