ぎゃらりー鈴ブログ>

カテゴリー: 一緒に子育て

一緒に子育て 35 七夕飾りから ~お母さんと過ごした何気ない思い出~

昨年に引き続きギャラリー店頭に、七夕飾り用の笹を自由に持って帰っていただけるように用意しています。何人かの子育て現役の若いお母さんが声をかけてくれ、持って帰ってくれました。おそらく、今日か明日、子どもと一緒に飾り付けをするのでしょう。その様子を想像すると、微笑ましくなります。

タイトルの「何気ない思い出」ですが、特別に時間やお金をかけたりするのではなく、日常的に親子が一緒に同じことをするという意味です。

中学校のスクールカウンセラー時代に、次のような臨床例がありました。             2年生不登校傾向女子生徒でした。登校しても教室へは入れず、別室登校をくり返していました。配慮を要することとして、本人の母親は別居していました。本人の意思で時々面接をしていましたが、あるときその母親について次のように述懐しました。

誕生日等に母親がプレゼントを持って訪ねてきてくれたり、普段あまり行かないレストランに連れて行ってくれるが、「そんなもんは、そのときだけの楽しみで、いっこも後に残らへん」、と不満げに語りました。意味深長な発言と受け止めました。この子は高価なプレゼントやご馳走より他のものを望んでいるのです。それが、日常の「何気ない思い出」です。母親は、喜んでもらうべくお金と時間をかけましたが、本人には瞬間的な思い出にしか残らなかったということです。

この話をアレンジして、ある子育て研修会で話しましたところ、フロアの若いお母さんから発言がありました。「自分の母親は覚えていないだろうが、幼稚園の頃母親と一緒にした粘土遊びが、何ともいえないぬくもりとして思い出される」でした。講師として嬉しい発言でした。

笹を持ち帰ったお母さんが、一緒に手作りの七夕飾りをすることで、きっと温かい思い出として子どもに残ることでしょう。

ご意見、感想、質問がございましたら、HOMEのコンタクトかお問い合わせから送信して下さい。

臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一

 

 

 


一緒の子育て 34 君たちも歩けるんやで(5年生児童への講話から)

6月の中頃、ある小学校の5年生を対象にした、講話の機会をいただきました。いつものことですが、明確な目的のある授業等でもない話に興味を持ってくれ、集中してもらうには、いろいろ工夫が必要です。

今回は、3つの項目を示しました。1.最近の興味あるできごと 2.心も風邪を引く 3.友だと関係 の3つでした。

1については、発言を促します。アベノミスクや北朝鮮のこと等、結構社会的事象のことを知っていました。いろいろ出た中で、私の狙いのエベレスト登頂の三浦雄一郎さんのことが出ました。彼の偉業を説明し努力の継続を評価しました。その後。君たちの祖父の年令の私が、四国歩き遍路で毎日約30キロを8日間、歩き続けたことを地図で示しながら紹介しました。

長い人間の歴史の中で、こんなに歩かなくなったのはつい最近であることについては、なかなか理解しにくい様子でした。そういえば、この子どもたちの親の世代には、すでにマイカーが当たり前でした。

「昔の暮らし」の学習はしていますが、身近な移動手段、運搬手段については知らないことを知りました。

私が子どもたちに言いたいことは、縄文時代からついこの間まで、人間は君たちの先祖は、歩いてきたこと、従って君たちは歩く潜在能力を持っていることの2点です。今は、歩くことに興味もわかないでしょうし、その必要もないでしょうが、もしそのような機会(大きな災害等で交通機関が途絶した時等)があれば、思い出して欲しいと考えています。

歩くことで、風を感じ、ありふれた自然の変化に気づき、人間の本能性の一つを維持して欲しいものです。2と3については、次回にします。

ご意見、感想、質問がございましたら、HOMEのコンタクトか、お問い合わせで送信して下さい。                                                                  臨床心理士・元スクールカウンセラー鈴木隆一


一緒に子育て 33  番外 歩き遍路 人間、歩けるもんや

6月3日から8泊で四国88ヶ所遍路を歩いてきました。今回は、高知県四万十市(旧中村市)から愛媛県松山市まで歩きました。スタートはJR中村駅からバスで30分ほどの市ノ瀬バス停でした。初日は、午後からでしたので15キロの距離ですが、2日目以降はコンスタントに30キロ前後を歩きました。

札所でいえば、高知県最後の39番延光寺から松山市内の51番石手寺までです。中村、宇和島、大洲、内子、久万高原町、松山と歴史や文化で興味のある町々を歩き抜けました。

早めに宿に着き、脚が棒になっていなければ、古い町並みを散策することもありますが、たいがいは入浴、ビール、夕食、就寝となってしまいます。

私は、自分の経験と少しのこだわりから、歩くことや獲物(魚介類、木の実、山菜等)を自分でとって食べる等、人間の本能性は、どんなに社会が近代化されても残しておきたいものと考えています。

30キロを歩くことが、今の世の中では稀かも分かりませんが、私たちの2世代、3世代前までは交通機関が不十分で、バス、車、電車に乗ることが稀でした。縄文の頃から人間をやっていることを考えれば、こんなに歩かなくなったのはほんの少し前からで、私たちには歩くという潜在力を持っているはずです。

今年のNHK大河ドラマは幕末の京都、江戸、会津が舞台です。東海道、京都から江戸までは492キロです。当時の人々はそれを14日から15日間かけて旅をしたそうです。

大体、1日30キロ強程度で、今回の私の歩きとほぼ一緒です。

近々、ある小学校の5年生対象に講話を依頼されています。この話をして、子どもたちがどんな反応をするか楽しみにしています。

ご意見、感想、質問がございましたら、HOMEのコンタクトかお問い合わせで送信して下さい。

臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一


一緒に子育て 32 乳がん治療A子さん その3 ピアサポート再度

A子さんは3回目の抗がん剤投与も終え、順調に治療が進んでいます。抗がん剤投与の影響による気分の悪さや頭髪が抜けるのも、家族や友人のサポートを受け、上手に克服されています。

頭髪が抜けることは想定内のこととはいえ、辛い気持ちだったことでしょう。しかし、A子さんは持ち前の明るさと積極性でまわり、特に自分の子どもや自分も暗い気分にさせることなく、ユーモアを持って対応されています。これもまわりからのサポートが確実であるからこそ出来るのでしょう。

一緒に子育て29 A子さんその1で触れました、ピアサポートのことですが、A子さんはまさにその渦中にいると思われます。

A子さんは、身体的なハンディを持っています。通常、そのハンディのため社会的場面を控え気味になったり、友人関係も消極的になります。しかし、A子さんはそのハンディに関係なく、いろいろな場面で前向きで積極的です。例えば、子どもさんの所属する運動クラブの世話役も引き受けたり、学校の諸活動にも積極的に参加されています。そのことで、周辺の人たち、特に子育て中のお母さん方も彼女のハンディを理解し、ごく普通に友人関係をとれています。

すなわち子育てしている者同士の輪が広がっています。

ピアサポートは、このような関係性が基盤になります。

ご意見、感想、質問がございましたら、HOMEのコンタクトか、お問い合わせから送信して下さい。

臨床心理士 元スクールカウンセラー 鈴 木 隆 一


一緒に子育て 31 常識の嘘シリーズ4 「親が変わらんと子どもは変わらん」

よく聞く言葉ですね。これも反論のしようがありません。自分の子どもが学校や集団生活の中で、問題行動や気になる行動が顕在化したとき等、先生に「子どもさんの問題を改善するためには、お父さんお母さんが変わらんとダメですよ」と言われたら(こんなストレートないい方はないかも分かりませんが)、ごもっともと聞くしかありません。

親であっても完全ではなく、そのうえ大なり小なり日常の自分に後ろめたさがありますので、反論のしようがありません。

さて、本当でしょうか。あるいは変われるでしょうか。

30年、40年生きてきた人間には、その歴史と癖があります。それぞれに生き方やポリシーもあります。そのうえ持って生まれた性格もあります。時として、自分一代で出来たものでなく、親から引き継いだものもあります。「変わらなければならない」は、それらを否定することにもなります。

従いまして、そう簡単に変えられるものではありません。それを指摘されたとおり、変わろうと努力するのは大変な労力が必要です。また、どこかで無理をします。また、子どもの改善にすぐには結びつきません。これらが重なれば、自信を失いまし、ストレスをためます。子どもの養育、教育、しつけにあたる親が、自信を失っては元も子もありません。

子どもは、親の自信のない態度を見るのは、いやがることの一つです。

人は、自分の生き方(子どもへの養育態度も含めて)を肯定されてこそ、次のステップすなわち修正の方向へ向かいます。親、大人の癖や生き方、ポリシーはある時点ではマイナスに働くこともありますが、プラスに働くこともあるはずです。

私は、プラスに働いてきたことも評価し、親御さんに自信を持ってもらったうえで微調整をお願いします。

「大人になっとんのに、そう簡単に変わられへんで」が、私の持論です。

ご意見、感想、質問がありましたら、HOMEのコンタクトかお問い合わせで送信して下さい。

臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一


一緒に子育て 30 乳がん治療A子さん その2 甘えられる方が健康的

ガン治療は長期にわたります。その間、集中的な治療のため短期の入院がくり返しあります。日常ではない生活のため、A子さんも、家族も心身共に疲れます。

A子さんも、抗がん剤治療のため入院されました。説明を受けてはいますが、子どもたちは母親のことが心配でたまりません。中学生のB男君は、その間診察を受けるほどでない軽い身体症状を訴えました。

退院後そのことを聞いた母親は、思わずB男君をハグしました。B男君は、はにかんだ様子で母親にゆだねました。中学生、それも男の子が母親の身体接触を受け入れるのは、一般的な感じでは奇妙かも分かりません。

私の不登校の相談事例で、寝る前に枕元の母親に手を握ってもらう男子高校生がいました。よほど大きな不安感を持っていたのでしょう。これは例外かも分かりませんが、中学生くらいなら、異常でもありません。

B男君は日頃のキャラもあり、自分から母親を求めてはいきませんが、母親のハグを受け入れ、それにゆだねることが出来たのは大変よいことです。

大きなストレスを受けたり、不安、心配を抱えているときに、それを何らかの形(甘え、退行現象等)で表現できることの方が、正常で健康的です。表現しないで無理に我慢をすることが重なると、違った形の問題が生じるかも分かりません。

このブログは、A子さんの了解を得て執筆しています。今後も、一般的に参考になる経緯について、記事にしたいと思っています。

ご意見、質問、感想がございましたらHOMEのコンタクトかお問い合わせから送信して下さい。

臨床心理士・元スクールカウンセラー 鈴 木 隆 一


一緒に子育て 29 母親がガン治療で入院することになった

私が、小学校のスクールカウンセラー時代、見出しの臨床例が2例ありました。いずれもお母さんが乳ガンでした。一つは、2年生女児で、おねしょを繰り返す等の明らかな退行現象がありました。もう一つは、3年生男子で不登校になりました。

前者のお母さんは、子どもにも現実を知らせる方針で、隠すことなく最悪の場合を含めて、きちっとと子どもに告知されました。その衝撃の大きさを、子どもは受容しきれなかったように思われます。

後者は、余計な心配をかけたくない思いから、子どもに伝えられませんでした。しかし、祖父母や親類の方々が来宅し、ヒソヒソと深刻な様子で話し合ったりしている様子を、子どもは目の当たりにします。そのうえ、短期ですが治療のため母親が入院をします。自分が学校に行っている間に、母親が居なくなるのではと不安になり、学校どころではありません。

母親が乳ガンになったら、すべての子どもが問題を顕在化するわけではありません。子どもの持って生まれた性格特性や、そのときの周りの状況等が左右します。

最近、私の知人・Aさんが乳がんと診断され、間もなく治療が始まります。家族は夫と2人(小・中)の子どもです。Aさんは、自分の病気だけでなく家族、特に子どものことが心配でたまりません。しかし、Aさんの人柄と、日頃から子どもさんを通じて母親同士の交流が盛んにもっておられた結果、自然な形で多くのサポーターが出てきました。時には、自宅に子どもを泊めてもらったり、入院中の母親への連絡係をかってくれたり、学校関連のことも処理してくれます。

ピア・サポートという言葉あります。ピア、すなわち同じ立場同士、Aさんの場合は子どもを育てている母親同士がサポート、助け合いをしており、まさにピア・サポートです。子育て中は、いろいろな問題が生じます。専門家も必要ですが、一番心強いのは同じ立場の人からの援助です。親以外の5人の親シリーズを取り上げてきましたが、その現代版にもなっています。また、このブログのタイトルの「一緒に子育て」です。

告知については隠すより、知らせる方が正しいと思います。母親が安心して治療に立ち向かっている姿を実感すること、自分たちだけでなく多くの人たちが心配し、応援してくれている状況があれば、告知の衝撃も薄まります。

Aさんの治療が成功することを心からお祈りします。

ご意見、感想、質問がございましたら、HOMEのコンタクトかお問い合わせで送信して下さい。

臨床心理士・元スクールカウンセラー 鈴 木 隆 一


一緒に子育て 28 食育は空腹から

学校教育で食育が叫ばれ久しくなります。子どもたちの食事の形、内容が問題になり、生活習慣病の予備軍が子どもの中にいるとの指摘があり、多くの大人が驚かされました。

私が小学校勤務時代、給食センターの調理師さんをお招きして、保護者対象の研修会を持ちました。子どもの食事のいろいろな問題点の指摘と、その修正等を指導していただきました。

その後の質疑応答で、一人のお母さんが「お腹が空いとったら、何を食べてもおいしいのや」と、発言されました。私も全く同感です。いくら栄養豊かな食事が前にあっても、健康的な空腹がなければおいしくいただけません。空腹が何ももましての食欲につながり、食事をおいしきいただき、栄養として吸収されます。

3月中旬、5泊6日で四国88ヶ所の遍路道を歩いてきました。1日30キロ前後、7,8時間の歩行になります。まさに空腹を感じさせてくれます。宿での食事は、一粒のご飯が明日の一歩つながる思いになります。従いまして、ご飯一粒も余さずに食べ、焼き魚、煮魚も丁寧にむしり食べます。まさにもったいないの精神です。

因みに、今回の遍路は36番札所青龍寺から足摺岬の38番金剛福寺までの区切り打ちでした。37番岩本寺から38番までは90キロあります。


一緒に子育て 27 子育て困難な時代 その3

親以外の5人の親、4番目は自然です。身近な癒やし機能は親、特に母性ですが、自然の癒やし機能もいうまでもありません。私の持論ですが、子どもの様々な問題の顕在化は、傷つけられる機会は世の中に一杯あるのに、癒やされ機能が格段に減少したためではないかと考えています。

例えば、近所のおっちゃん、おばちゃん、親類のおじさん、おばさん等との接点をはじめとする多様な人間関係が少なくなってきています。それにより、他者からいろいろなメッセージ、特にプラスのメッセージを受ける機会が減ってきています。そのうえ、癒やし機能の一つである自然との触れあいも極端に減っています。

スクールカウンセラー時代の不登校の臨床例ですが、中2の男子生徒はすぐ近くの裏山の木に登り、多くの時間を過ごしていました。今、放映中の大河ドラマの主人公も大きな木の枝に座るシーンがよくあります。

箱庭療法では、作品作りもさることながら、砂を手で触ること自体が、治癒に向けて大きな意味があるとされています。私の箱庭臨床でもそのことはよく体験しました。           また、園芸療法、犬との触れあいのセラピーもよく行われているところです。

自然とは、田舎や遠方に出かけなくても、身近にも土、砂、水等があります。朝日や夕日、お月様、お星様を見たり、そよ風の感触も、内なる自然性を活性化させ、人間性を取り戻させます。

最後の5番目は、ガキ大将です。小学校では、異年齢集団、縦割り集団のいい方で、意図的にグループ作り遊ばせます。年長の子どもがリーダーになりグループを統率するのです。

私は、大阪近郊で小学校時代を過ごしました。下校後外で遊ぶのですが、中学校を卒業したばかりのお兄ちゃん、すなわちガキ大将の仕事帰りを皆で待ちわびていました。そのお兄ちゃんのリードの元遊び回っていました。幼い子どもには、ハンディをつけ、弱い者いじめをするものなら、お兄ちゃんの制裁が待っていました。遊び文化の伝承もできていました。

大人がいない子どもだけの世界で、集団のルールを学んでいたのです。

以上で、親以外の5人の親を紹介しました。「昔は良かった」式のないものねだりは、全く意味がありません。これら5人の機能が減ってきているため、子育て現役の親御さんは、減って分まで負担しなければならず、子育て困難な時代になったと考えます。          そうであるなら、5人の親現代版を機能させる必要があります。

子育て講演会でこの話をしますと、フロアから毎夏数家族でキャンプに行くグループや、PTAで仲良くなったグループ、子どものお習いごとで知り合ったグループ等で、家族ぐるみでつきあい活動すると、紹介される若いお母さんたちがいます。

親類との接点も減少し、いくら地域の教育力と叫んでも、地域社会そのもの結びつきが少なくなっています。ないものねだりでなく、昔は良かったでもなく、今の時代に合った結びつきと5人の親が必要です。

ご意見、感想、質問がございましたら、HOMEのコンタクトかお問い合わから送信して下さい。

臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一


一緒に子育て 26 子育て困難な時代 その2

さて、親以外の親3人目は貧乏です。現在も貧富の差が問題になっていますが、日本全体が今日より圧倒的に貧しさの時代がありました。                             古いですが、ユニセフの援助で学校給食も成り立っていました。個人のレベルでも同じでした。私自身も落ちていたものを拾い、食べた記憶があります。子どもながら、お米の作況指数が気になっていました。

ものがありませんので、ものを大事にすることが、日頃から普通のことでした。また、我慢、分ける、待つが、身についたのではないでしょうか。                           従いまして、「もったいない」が常に行動基準としてありました。

ゲーム機も携帯もスマホもありません。何年生になったら持たせらいいのかの、親の葛藤もありませんし、子どもとのバトルもありません。

遊びといえば、外で友だちと身体を動かす遊びしかありません。今のこどもに不足している身体運動と多様な友人関係が、日常的に自然にできていました。

酔っ払いを表現した絵やマンガには、父親らしき人物が必ず寿司折りを片手に持っていました。寿司折りは大変なご馳走で、どんなに遅く帰ってきても子どもを起こして、食べさせていました。寿司折りが、親父の権威が保つ一つになっていたのです。

このように貧乏が、子どもたちにいろいろなことを教えていました。「もったいない」が、ローマ字なって逆輸入の時代になったのは、感慨深いものがあります。

ご意見、感想、質問がございましたら、HOMEのコンタクトか、お問い合わせから送信して下さい。

臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一


top