ぎゃらりー鈴ブログ>

カテゴリー: 一緒に子育て

一緒に子育て 14  いじめについて その5  いじめっ子にしないためには?

いじめにつて考えるとき、被害者への対応がよく論議されます。ある子育て講演会で、「自分の子が、いじめ加害者側にならないためにはどうすればいいのか」という趣旨のテーマを頂きました。

このテーマは、いじめを考えるときの一つの視点でもあります。                  先日、発達障害関係の研修会に参加して、女性成人アスペルガーの方のお話を聞く機会がありました。彼女は、幸せそうな人や笑顔の多い人は、自分に対してマイナスのメッセージを届けたり、攻撃を仕掛けてこないという体験を語っておられました。

うなずける発言です。日頃、幸せや喜びを感じている子どもは、弱い者いじめというしがない行動で満足や喜びを感じたり、自分の存在感を発揮しなくてもいいのです。

幸せや喜びを感じ、自己存在を感じるのは、部活、趣味、勉強、友人関係、家族関係等の中ではないでしょうか。これらの中で、十分活動し交流することで、喜びや幸せを感じ、自己肯定感を満足させることでしょう。

いじめ加害者側にならないための一つの考え方だと思います。

ご意見、感想、質問がございましたら、HOMEのコンタクトかお問い合わせで送信してください。

臨床心理士、元スクールカウンセラ- 鈴 木 隆 一

 


一緒に子育て 13

常識の嘘シリーズ その1 過保護はそれほど問題か

私の持論ですが、子育てには完璧がなく間違いがあって当たり前と思っています。その間違いの時、先生と言われる立場の人たちから、「お母さん、それは過保護ですよ」と、言われた人は多いのでないでしょうか。「お母さん、それは愛情不足ですよ」と共に指摘の言葉の双璧であるように思えます。

この二つの指摘は誰にでも当てはまり、言われた方は大なり小なり心当たりがあります。誰にでも当てはまることを、さも問題の主原因のように指摘します。

もちろん、子どもが要求もしていないのに、また要求水準以上に甘やかすことで、間違いや問題が起こることもよくあり、その修正や対応に苦労することもあります。

現在、虐待が一つの象徴でありますように、親子関係の希薄さや心のぬくもりの少なさが気になる状況です。過保護傾向で起こる間違い・問題と、虐待につながるような親の言動やネグレクトで起こる間違い・問題とどちらが深刻でしょうか。後者であることは間違いありません。

「お母さん、それは過保護ですよ」の指摘で、自然な母性性の発露をためらえば、親子関係の大きな損失です。

一番気になるのは、その指摘で親御さんが自信を失い、過保護かそうでないのかと心配しながら、子どもとの関係を考えることです。考えた末での子どもへの愛情は、子どもの心に届かない愛情になってしまいます。

計算ずくの愛情ではなく、どうぞ自然のおもむくままの愛情で子どもさんと接してください。


一緒に子育て 12  障がいの告知について

発達障がいの告知をいつ、どのように?

先日の幼稚園保護者講演会で本人にいつ、どのように障がいのことについて話せばいいのかと質問を受けました。親御さんにとれば大変迷う問題です。

数年前のスクールカウンセラー時代の臨床例を思い出しました。それは中学3年生男子発達障がいの事例でした。広汎性発達障がい特有の生真面目さ、換言すれば融通のなさを持っていました。知的面は問題なく学習活動には適応していましたが、友人関係、集団生活では若干ぎくしゃくしていました。しかし、その程度はトラブルを起こすほどでなく、自分と似たような友人数名との交友もありました。

従いまして、学校生活では、それほどおり辛さを感じることなく適応できていました。この親御さんとは、今すぐ告知の必要性はないと了解し合いました。

ただし、今後告知の必要性が出てくる可能性もある、そのときはどのようにするかを話し合いました。

先ず、告知の必要性があるのはどんな状態のときでしょうか。自分が集団生活、社会生活において生き辛さやおり辛さを強く感じ、自己否定感が大きく増大する。すなわち、日常生活や学校生活に支障が出てくるようなときには、分かりやすく説明してあげるべきでしょう。

成人発達障がいの方が告知を受けて「ああ、そうやったんか」と、ほっとしたとの述懐をよく聞きます。

タイミングよりもっと大事なことがあります。説明の内容です。先ほどの事例で、生真面目さと融通のなさを言いましたが、一人の子どもに両面があります。問題になるような片面だけを説明するのではなく、それと裏腹なもう一方を説明すべきです。例えば、「君は時間を正確に守る」、「学校のルールをちゃんと守れている」、「宿題は必ず仕上げてくる」等々のプラス面も強調し、自己肯定感を維持・増加する必要があります。それによって、自分の苦手な面を受け入れやすくなります。

ケースバイケースで、どの事例にも当てはまるとは思いませんが、タイミングと内容を考えたいものです、

質問、感想、ご意見がございましたら、HOMEのコンタクトか、お問い合わせで送信してください。

臨床心理士・元スクールカウンセラー 鈴 木 隆 一


一緒に子育て 11

幼稚園保護者講演会より 「子どもの矛盾した言動に疲れ、腹立ち、叱る・・・・」

先日、市内の公立幼稚園の保護者講演会に招かれました。その折、いただいた質問が見出しの内容でした。                                               母「ご飯ですよ」、子「ご飯はいや」、母「じゃあ、晩ご飯は何がいいの」、子「分からない」等々のやりとりの繰り返しに疲れ果て、終いには怒ってしまう、というお母さんがおられました。

これは食事に関してですが、いろいろな場面でこのようなことがおこるのは、どのお母さんにも想像できます。子どもはあれこれ言います。このお母さんは、子どもの発言を一生懸命に聞き、それに間違いなく応えようとされています。子どもの気持ちを大事にし、教育、子育て熱心と言えます。いわば、ミスなく子育てをしたいという気持ちがよく見えます。

私の持論ですが、「子育てには、100%パーフェクトはない」、「誰でも間違いがおこる」と考えています。子どもの言動、それも矛盾した言動にどう対応するのが正しいか、というご質問ですが、理想的な正解はありません。人によっては、「母親とはこうあるべきだ」という答えを出すかもしれませんが、生きた場面、変化する場面には通用しないと思います。

私の答えですが                                                          ・頭ごなしに怒鳴ったり、発言の矛盾を指摘し、叱ったりすることはよくない。                 ・無視するのではありませんが、正面から一生懸命取り上げるほどのことではないので、適当にいなす。                                                    ・いやなやりとりの時間を出来るだけ少なくする。等々です。

一食ぐらい抜いても子どもは大丈夫(病気にならない)です。お腹がすいて次はよく食べます。先の長い子育てですので、無駄なエネルギーは出来るだけ使わないようにする。

感想、ご意見、質問がございましたら、HOMEのコンタクトかお問い合わせで送信してください。

臨床心理士・元スクールカウンセラー 鈴 木 隆 一


一緒に子育て 10

いじめについて その4 「教育的配慮」 「不慮の事故」?

いじめが関係して、自殺という痛ましいことが続いています。                    対応する関係者の言葉で気になることがあります。大津の事件で、女性教諭が指に大きなけがを負わされていました。いわば、傷害を負わされたわけです。学校側は、加害生徒への教育的配慮のもとに警察へ被害届を出しませんでしが、約3ヶ月たった先日に被害届を提出しました。

さて、教育的配慮とは何だったんでしょう。暴力をふるい相手にけがを負わしたも関わらず、自校の生徒だから、まだ未成年だから配慮、すなわち見過ごした、我慢した・・・ことなんでしょうか。

これは、間違いだと考えます。中学生といえども集団生活、社会生活をしています。集団生活、社会生活には当然ルール、決まり、法律があります。法律に触れる行為(今回は傷害)時には、当然それなりのペナルティがあります。被害届の元に、警察の取り調べから始まり、家庭裁判所の審判等々です。これらが社会の壁であり、大人の壁であるわけです。

教育的配慮とは、社会の壁、大人の壁を外してどうぞというのではなく、それに当たらせたあと、そのような厳しい状況の子どもに寄り添い、今後の歩みに踏み出せるように、励まし指針を与えることではないでしょうか。

高校生の自殺事件で、全校生徒への説明に「不慮の事故」の言葉を使いたいと、学校長が遺族に申し出たそうです。おそらく日常から「高校生はもう大人なのだから、責任を持つように」の類いの発信をしているはずです。ごまかしでなく真実を伝えるべきです。            「自殺」の言葉を聞く側の高校生への教育的配慮で「不慮の事故」にしたかったのでしょうか。自殺の言葉に傷つけられる生徒もいるでしょう。その心の傷への配慮が、心のケアであり、教育的配慮なのです。

臨床心理士、元スクールカウンセラー 鈴木隆一

ご意見、質問、感想がございましたら「お問い合わせフォーム」から送信してください。


一緒に子育て 9

自尊感情について その2

前回、不適応行動を起こす子どもや気になる子どもたちの心理的背景に、自尊感情、自己肯定感(自分は存在感がある、人の役に立っている等)が極端に不足していることが多いと指摘しました。

これら子どもたちは、今、現在が不安と不満の気持ちで心がいっぱいです。従いまして、今、勉強すればいいとか、今、頑張れば将来役に立つというような、先のことは考えられませんし、先を見越した建設的な行動はとれません。

よく、大人は、「将来のために、頑張れ」と激励しますが、今現在、心が満たされていない、それどころか不満と不安の気持ちがいっぱいであれば、将来どころではありません。その激励は心ここにあらずで聞いていることでしょう。

また、いじめの加害者側にたつ子どもの中には、日常から自分自身が大事にされていない(すなわち、自己肯定感が不足している)子どももいます。「相手を大事にせんとあかんで。弱い立場の友だちをいたわったりや」と、説教しても、自分が大事にされていない、いたわってもらっていないと、その意味が理解しにくいし、その行動がとれません。

「自分は、大事な家族の一員やんや。みんなから大切にされとるんや。お母ちゃんに好かれとるんや・・・」と、感じてくれるようなメッセージを日常から子どもたちに伝えたいものです。

これらブログに質問、感想がありましたら、「お問い合わせ」から発信してください。

担当 臨床心理士 鈴木隆一(元、スクールカウンセラー)


一緒に子育て 8

自尊感情について  この不足が不適応行動、問題行動の子どもに共通することが多い

過去の保護観察官、また現在保護司で非行臨床の経験がありますが、自尊感情、自己肯定感が極端に不足している事例によく出会います。「俺なんかどうなってもええんや」、「俺なんか生まれてこんかったらよかった」の自暴自棄もあります。そこまで行かなくても、何かにつけて自信なげで、自分が何かするにも人の顔色をうかがう子どもがおります。不登校の子どもにも共通(これだけが原因でないことはもちろんです)する一つです。

自尊感情は自己肯定感と言い換えられます。子どもに自尊感情がないというのは、他者から肯定的に見てもらえていないからです。「あほ、馬鹿、間抜け」と、しょっちゅう言われてはいないでしょうが、苦手なことや他者と比べて劣っていることを指摘されることが重なりますと、自信をなくして当然です。親は、子ども少しでよくしたい思いから、子どものマイナス面を改善したいものですから、プラス面よりマイナス面に目が行きます。

相談場面で、お母さんからのお話をひとしきり聞いたあと、「子どもさんのいい点はどんなところでしょうか、誉めてあげることはありますか」と、伺うことがあります。たいがい「先生、そんなもんありません」と、おっしゃいます。それはそうでしょうね。親から見て気になる点(すなわち、マイナス面)を何とかしたい思いで、相談に来られているわけです。

しかし、子どもは少しでも自尊感情・自己肯定感がないと自らの行動がとれないし、自己治癒力・変容力も働きません。自己肯定感を持てるのは、他者から誉められることが一番です。そこで、先ほどのような質問になるわけです。

子どもが90点、100点でないと親は誉めようとしません。これではなかなかプラスのメッセージが届きません。

私たちは、点数で言えば平均点で生活をしています。いつの場面でも90や100点ではありません。平均点、すなわち50や60点でOKなのです。

普通の点数でOKなのですから、普通に出来たことも誉める対象になるのです。そうすれば、プラスのメッセージ、すなわち誉めることが多くなります。日常生活の中で、「よくできたね、お母さん嬉しいよ」と、言える場面がきっと増えます。


いじめについて その3

新聞の読者投稿欄に、「いじめで死ななくて良かった」が掲載されていました。中学生時代、自殺まで考えたいじめを受けていましたが、思いとどまったのは、ある人の「いじめている人が100%悪い」の一言だったそうです。

以前にも触れましたが、時にはいじめられている側に相応の理由があるかのような発言があります。例えば、「動作が遅い」「声が小さい」等々です。場合によれば「だから、いじめられても仕方がない」と、発信しているようなものです。

私のスクールカウンセラー時代の臨床例ですが、言葉によるいじめで別室登校になっていた中学2年男子生徒がいました。その生徒は、身体的なハンディを持っていました。そのため、特徴的な行動が時々出ていました。その行動を他生徒から揶揄され辛い気持ちになっていたのです。いわゆる言葉によるいじめです。                                その行動は自分の意思に関係ないものなのです。学校では、いつも小さくなっていました。校内を移動するときにも、他生徒から見られないように、また廊下の端を歩いたりと大変気を遣っていました。その生徒と人間関係が出来た頃、その理由を尋ねたところ、「他の生徒に迷惑をかけないようにするため」と、答えました。

自分ではどうにもコントロール出来ない行動を冷やかされたり、おちょくられたりしているにかかわらず、自分が悪いから仕方がないと思っていたのです。どのような経緯で、本人がそのような考えになったのか分かりかねますが、推測できることは、いじめている側が100%悪いと、思えなかったことです。自分が悪いから仕方がないと思っていたのです。

その生徒とは、箱庭療法を媒介にして過ごしてきました。言葉による表現は不十分でしたが、箱庭の作品では、内面を適切に表現してくれました。家族のサポートもあり、不登校になることなく卒業できました。

いじめられても仕方ない、いじめられる側も悪い、というようなことは絶対ないのです。

臨床心理士 鈴木隆一

 

 

 


一緒に子育て 6

いじめについて その2

よく、いじめの被害者でありながら大人に訴えない、遊びを装って笑ってその場をしのぐことがあります。アンケートをとっても「いじめられていない」と答えることもあります。

何で正直に言わないのか疑問です。訴えても効果がない、かえって「ちくった」と更にいじめられるのを恐れているのと、子どもなりに「面子」があるのです。このことはとても大事な視点です。いじめられていることは、自分が弱い立場であることを他者にさらすことになります。本来、弱いととられても表明してもいいわけですが、なかなかそうはいきません。特に「弱いからいじめられるんや、いじめられたらいじめ返せ」と、不可能なことを言われたり、「お前がいつも・・・・やから」と、弱点を指摘されたりした経験を持てば、余計言いにくくなります。

大人でもそうですが、自分の内面や弱い点を他者に表明するのは相当な勇気と相手を選ばなければなりません。

それではどんな相手なら表明しやすいでしょうか?不可能なことを言われたり、欠点を指摘されないことは勿論です。それに加えていじめの事実より、辛かった気持ちを先ず受け止めてあげることが必要です。よくある間違いは、「誰に、どこで、どのように等々」と、事実関係を聞くのでは、本人の訴えたい気持ちかけ離れていきます。

最後に「よく言ってくれて、ありがとう」を、付け加えたいものです。


一緒に子育て 5

マザーリングマザー

ある日帰り温泉での光景でした。30代半ばの父親が幼児2人を連れていました。風呂から上がり、脱衣所で楽しそうに動き回る2人の子どもに服を着せていました。自分も服を着なければならずなかなか大変な作業ですが、微笑ましい姿でした。                      5歳ぐらいの上の子どもが、扇風機の前に行って髪の毛に風を当てていました。たまたま側にいた30歳くらいの男性に風で飛んだ水気が当たったのか、不快な表情をしましたので、慌てて父親は「すみません」と、言いながら子どもをその場所から離しました。             通常これで終わりでしょうが、その男性は「親ならちゃんとしつけておけ」と声を荒げました。

マザーリングマザーとは、子育て中の若い母親に優しく母性的に接し、子育てをサポートする意味です。この場合母親ではなく父親ですが、子育てに奮闘しているのは同じです。      電車の中などで、若い母親に抱かれた赤ちゃんを、年配の女性があやしている場面がよくあります。赤ちゃんもご機嫌ですが、母親も笑顔を見せています。このような光景は当事者ではありませんが、気持ちが和みます。

一昔、二昔前より圧倒的に子育てがしにくい社会です。若い世代の親たちに「しつけが足らん」、というような決まり文句で子育てを非難するのではなく、「子育てがしにくい世の中で、よう頑張ってるね」の気持ちで、大目に見てあげたいものです。


top