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熊野古道を歩く

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熊野に詣でる道はいろいろありますが、高野山から熊野本宮大社に至る小辺路を歩きました。小学校で地理を習い始めた時、紀州の山地に「果無山脈」の名前が印象的に記憶に残っています。名前を想像して「どんな所やろ」、とずっと思っていました。今回のルートには果無峠、果無集落があります。

約1000mの峠や山をいくつか登ったり下りたりします。4日間歩きましたが、人に出会ったのは3日目からで一人歩きには、少し不安でした。昼食や休憩のため休んだところに、熊目撃の看板が出ており慌てて場所を変えたのも何度かありました。

この道は、巡礼のための道でもありましたが、今のように道が整備される前には、生活道路として使用されていたとのことで、あちこちに生活の後が残されていました。写真の天水田の説明板は果無集落を出ておよそ1時間ぐらいの標高600m位の所にありました。ここだけでなく、尾根筋のちょっとした土地に田畑や屋敷跡が残されていました。屋敷跡はいずれも旅籠との説明がありました。耕作には、ましてや水が必要なお米作りには困難な所ですが、石垣を組んで土の流出を防いだり、遠くから水を引いたりした痕跡がありました。先人のご苦労には頭が下がる思いでした。

世界遺産に登録されており、もっと人が歩いていると思いましたが、静かな山旅でした。距離は67kです。9月の中頃歩きました。歩いて果無(はてなし)の意味するところが分かりました。


丹波里山便り 栗みのる

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待ちに待った栗が実りました。3日前には大きなかごに一杯収穫しました。知り合いやご近所にもお裾分けしました。子どもの運動会に栗ご飯を作るという便りもいただきました。秋にはいろいろ自然からの恵みがありますが、栗はその最たるものです。

昨年はイノシシの被害が大きかったです。ネットをしていましたが、押しのけて侵入し落ちている栗を食べていました。栗の皮が残っているのですぐ分かります。今年はそれに懲りて侵入しそうな所は2重にネットを張りました。今のところ被害はありませんが、油断はできません。度々春日まで行ってネットの点検です。

今後の手づくり展、クラフト展の予定                                 ・10月1日(日) 西宮神社

・10月14日(土) 京都平安楽市(平安神宮前)

・10月28日(土) 湊川公園


一緒に子育て 84 ある非行少年の立ち直り 母親との関係で

子育てをしている親の立場で、子どもが非行に走らないかの心配を、多くの親が持っているのではないでしょうか。また、もし非行に走った場合、どのように我が子をサポートするかも気になることだと思います。少年の場合、警察や鑑別所を経由して家庭裁判所の審判に付されます。そこで、少年院送致、保護観察処分と審判の結果が出ます。

私は保護司をしており、犯罪や非行に陥った人々と関わりを持っています。今から紹介するケースは、私の保護観察の対象ではなく、知人として相談を受けた18歳の男性A君です。

A君は家出同様に親元を遠く離れ生活をしていました。アルバイトを転々としながら生活をしていましたが、収入が不安定でした。ある時バイクが欲しなりましたが、お金が足りません。衝動的にアルバイト先から商品を盗み警察に逮捕されました。少年院送致の審判を受け、約1年少年院で過ごし母親の元に帰ってきました。

A君の家庭は両親が離婚をしており、母親が一人で生活をしていました。母親もフルタイムの仕事でなく収入も平均以下でした。A君は、生活意欲、就労意欲も乏しく、ほぼ引きこもりの状態でした。それに加え、母親の蓄えたお金を盗みだし、自分の小遣いにしていました。このような状態を見た親戚の者が度々本人を説教しますが、全く効果はありませんでした。

しかし、母親は周りの親類や兄弟の心配ほど焦ってはいませんでした。私も何回か母親に会いましたが、長く離れていた自分の息子との2人だけの生活を、楽しんでいる様子がうかがえました。通常でしたら、親として焦りと心配で、気持ちも不安定なるところですが、そのような素振りは見られませんでした。A君の過去の非行を心配したり、今後の彼の立ち直りの為に意図的に彼に働きかけることもなかったです。

そんな母親の元で,A君も気持ちが安定してきたのか、穏やかな表情を示すようになり、お金も持ち出しもいつのまにか無くなりました。少年院から帰宅して約1年後、近所の建築関係の仕事している人から、自分の所で働いてみないかとの申し出がありました。大変好意的な申し出で、無理のない程度の時間でいいとのことでした。働くための生活リズムも崩れていましたので、最初は少しの時間でしたが、徐々に働く楽しさ、賃金を得る満足が増加し稼働時間が増えてきました。今は、全く心配も無く、仕事に精を出しています。

このケースでの特徴は、母親が常に安定して穏やかな気持ちでA君を支えてきたことです。もし反対に母親が焦り、積極的意図的にA君の生活改善や、就労へとつながる試みをしていたら、A君のすさんだ気持ちを余計に増幅し、気持ちの不安定につながったことだろうと想像できます。母親の気持ちの根底には、彼への信頼があったことでしょう。再度事件を犯さないか、家のお金を持ち出さないかの心配より信頼の気持ちの方が勝ったのです。

人は信頼されるとそれに応えようとするのです。

質問、ご意見、感想がございましたら、yc-suzuki65@bcc.bai.ne.jp にて送信して下さい。

臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一


一緒に子育て 83 箱庭療法雑感

ある知人から相談がありました。子どもさんに軽い障害があり、そのこである相談機関に行ったところ、箱庭に作品作りを勧められ、子どもさんが箱庭の作品を作りました。それを見た相談員さんが、問題があるような発言をされたので、母親としてとても気になるとのことでした。箱庭療法は治療機関、相談機関で良く用いられ、私も相談機関勤務の頃やスクールカウンセラー時代に必ず相談室に置いていました。

絵画療法同様、言葉でなく絵を描いたり、箱庭作品を作ることで内面を表現できますので、言語表出が苦手なクライエントさんには適切な表現手段です。箱庭はそれに加え、絵のように上手下手の差が出ませんので、多くの方が取り組みやすいです。

ところが、1回ないし数回の作品で制作者の内面を推し量るのはとても至難の業です。というより私は推し量ること自体、おこがましいと思います。子どもといえども、人の内面をそんな簡単に理解出来るでしょうか。デモンストレーションで象徴的に解釈するのとは大違いです。

相談をしてくれた方にもそのようにお伝えしました。経験では、定期的(例えば、1週間に1回)に継続して回数多く作品を作れば、なにがしかの傾向が読み取れることがあります。それも一定の方向で変化することがあります。そのような時には何らかの解釈も可能です。

しかし、作品を解釈するより保障された時間に、自由に作品を作ることそのものが、その人の自己治癒力を高めるので、解釈より作品を作ること自体を大事にしたいと思います。

心理療法の基本は、クライエントさんが何事にも束縛されることなく、自分の内面を表現することです。その表現の手段がいろいろあります。対面して言葉のやりとり、遊び、絵画や箱庭の作品等です。

私たちは、解釈よりより多くの、また深い内面を表出できるようにしたいものです。


日本ミツバチ採蜜とその後の失敗

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本来9月が日本ミツバチの採蜜の最適期ですが、巣箱が巣板で一杯になり、やむを得ず8月中旬に採蜜をしました。初めてのことで、マニュアル通りに行いました。巣箱は春日の山に置いていますので、巣板を巣箱からはずし、ふた付きの入れ物に入れ自宅に持ち帰りました。自宅で蜜絞り器にかけて、蜜を採りました。向こう側の容器に巣板が入っています。手前の容器で、右側の絞り器から出てきた蜜を受けています。この蜜を布でこして不純物を取り除いて完成です。瓶に小分けして保存しました。

さてここまでは良かったのです。巣箱から巣板をはずす前に、新しい巣箱にハチを移動させるのですが、この移動が不完全だったのか、1週間後に新しい巣箱にハチがいないことが分かりました。移動させた数日間は、働きバチが巣門から出入りして花粉を運び入れているのを確認しましたので、うまく巣移しができたものと思っていました。考えられるのは、巣移しのとき女王バチが逃げたのではないかということです。女王バチさえ巣の中におれば、働きバチ、雄バチも巣の中に入るそうです。

蜜を採れた喜びがありますが、ハチに逃げられたのも大きなショックです。再度挑戦するつもりです。


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西宮神社(えべっさん)で毎月第1日曜日に開催される「てづくり大サーカス IN西宮神社」に出展しました。8月は特別に5,6日の土日曜日連続の開催でした。               テントも従来の2m×2mから2.5m×2.5mにして参加しました。なにせ連日の暑さにお客さんの出足も今までにない低調でした。その中でも、後ろに見えますトイレットペーパー立て。花炭、ヒノキ丸太椅子等が売れました。お客さんが少ないのを、写真のえべっさんぬいぐるみが場内を盛り上げてくれました。

今後の出展予定は                                    ・9月3日(日) 西宮神社 ・9月17日伊丹猪名野神社(日) ・9月23日(土)湊川公園です。ご来店をお待ちしています。


もうすぐ、採蜜

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この箱ごと日本ミツバチ一群れを手に入れ、約1年経過します。時々、ふたを開けて内部を点検し異常がないかを観察しています。写真は約1月前のものです。手前がふたですが、ふた近くまで巣板(ここに蜜や、花粉を貯めたり、幼虫を育てます)が迫っています。巣箱が一杯になったら困るので、すぐに長野県の日本ミツバチ協会に尋ねました。手前の方へ巣箱を20c程伸ばすようにアドバイスを受け、その通り巣箱を伸ばしました。

伸ばして約1月経ちます。昨日内部を点検したところ、伸ばした巣箱にもすでに巣板を作っていました。追加した巣箱にも馴染んでくれていて安心しました。再度一杯になる前にいよいよ採蜜です。8月中頃に試みようと計画しています。

昨年、長野県で採蜜の様子を実際に見ましたが、割と面倒な作業でした。巣箱を伸ばすおりに箱を持ち上げたところ、すごく重くなっていましたので、蜜もたくさん貯まっているのかと期待しています。


一緒に子育て 82 発達障がい者、聴覚の敏感性

発達障がいの人たち全てではありませんが、特徴の一つとして、聴覚の敏感性がよく言われます。当事者によれが、街全体の騒音が耳にキリを差し込まれるようだ、と体験語っておられました。定型発達の者からすれば想像もつきかねることです。先日、ある会合で阪神間にある中学校へ行きました。教室内の生徒用の机と椅子の脚に、硬式テニスのボールがはめ込まれていました。ボールに穴を開けて、机と椅子の脚全てにはめこんでいました。                    生徒が立ったり座ったりする時に、椅子、机が動きます。その折りに床とすれる時の音は、不快、耳障り、うるさいです。定型発達者はそれらの音を排除して、それほど気にはなりませんが、発達障がいの人たちは、要らない音を排除する機能がうまく働かず、全て音が平等に聴覚機能に届きます。その結果、耳をキリで差し込むようになります。学校、街には多くの騒音があります。例えば、駅のアナウンスやスーパーの宣伝用アナウンスが、うるさすぎると感じることがありませんか。耐えられない騒音になって彼らに伝わっています。

イギリスのある町のスーパーで、発達障がい者に配慮して「静かな日」を設定して、店内でできるだけ音を出さないようにしたそうです。発達障がい者は落ち着いて買い物ができたそうですが、結果としてそうでない人たちも買い物がしやすく、全体として売り上げが伸びた、というテレビ報道がありました。

聴覚だけでなく、視覚の過敏性で生活しづらい人たちへの配慮を考えたいものです。

臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一

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作品の紹介と今後の手づくり市のお知らせ

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歯間ブラシ立てです。2,3ヶ前からの手づくり市に出展しています。作った動機は自分自身の必要性からでした。日常使用している2本を小さいガラスコップに立てていましたが、綺麗に立たず取り違えることもありました。

奥の太いのは、私が使用しているものです。ひげ剃りと糸楊枝も立つようにしました。これらの材は、ツバキの木です。サンドペーパーで磨くと綺麗なつやが出ます。             スマートに衛生的に片付く歯間ブラシ立ては如何でしょうか。

今後の出展予定の手づくり市は次の通りです。                       7月22日(土) 神戸湊川公園 11:00~16:00                   8月5日(土)、6日(日) 西宮神社(えべっさん) 10:00~17:00           9月3日(日) 西宮神社 10:00~17:00                      9月9日(土)10日(日) 石川県森の青空アート                       9月17日(日) 猪名野神社 10:00~16:00


一緒に子育て 81 聞くことの難しさ

本日、平成29年6月23日の新聞の読者投稿欄に、「大丈夫は?は、大嫌い」というタイトルで記事が掲載されていました。                                 その概略は、難病で入院時に見舞いに来てくれた知人が発する言葉で、一番いやだったのは「大丈夫?」だったと記されていました。.投稿者は見舞いに来てくれた人は「ただ傍らにいてくれて、聞くのがいい」と、強調されています。

この意見で思い出すのは、心のケアを必要とする人、現在いろいろなダメージ受け気分が低下している人に「頑張れ」「頑張ろうね」等の言葉がけが、かえって心の傷を大きくするということです。言われた側は「これ以上どうやって頑張るねん」と反論したくなります。

しかし、「ただ聞くだけ」はとても難しいことです。グチや苦しさ、悩み等々を述べられると、ついそのことにコメントをつけたり、アドバイスをしたり、「頑張れ」と言いたくなります。沈み込んでいる人には、励ましたくなります。特に先生と言われる立場に立ちますと、その性でつい教えたくなります。受容・共感を旨とするカウンセラーの立場でも似たようなことが起こります。

小学校のスクールカウンセラー時代に、休み時間を利用して相談室に3年生の女児が二人でやってきました。子どもが自主的に相談室を訪ねてくるのは珍しいことです。一人の子は応援についてきました。こもごも語るのは、誘いかけても無視する友だちへの不満でした。今に始まったのではなく相当期間続いているそうです。それに耐えられない、どうしたらいいのかが趣旨でした。応援が付いているのか良く語ってくれました。                         「語ってくれたことは、よく分かった」「他者に自分の気持ちを語るのは勇気が要ること。君たちはその勇気を持っている」「君には応援してくれる友だちがいる」の3点をコメントしました。                   その日の放課後、二人がにこにこしながら相談室にやってきました。教室で相手の友だちに「無視されるのは嫌。一緒に遊びたい」ことを話したら、相手にその気持ちが通じたとのことでした。勇気を持って思い切って話したのです。

困難から逃げるのではなく、立ち向かえる原動力は「自分のことを理解してくれた」「理解してくれようとしてくれた」他者の存在です。心や内面が絡んでいる問題は、方法を教えるのではありません。方法は誰しも分かっていることが多いのです。私の周辺にも、保育や教育の場面で子どもや保護者と対面している人が多いです。表面的・具体的な事柄には具体的な答えが必要ですが、時には聞くことも必要です。聞く側だけはしんどいです。聞いてもらえる他者も持つことも必要です。

とは言っても、聞くことはやはり難しいです。

臨床心理士・元スクールカウンセラー  鈴 木 隆 一

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